パリ・サンジェルマン(PSG)は近年、アルゼンチン代表FWリオネル・メッシという世紀の大型補強を敢行し、フランス代表FWキリアン・ムバッペとの契約延長に成功することで、文字通り「世界最強のタレント軍団」という立場を確立している。その一方で、悲願のUEFAチャンピオンズリーグ優勝には、依然として手が届いていない。ロンドン五輪のヘッドコーチを務め、現在は東京ヴェルディのヘッドコーチを務める小倉勉氏が、PSGが直面する弊害について、持論を展開している。
PSGが抱える“競争力のデメリット”
2021-22シーズンのPSGは、リーグ・アンで残り3試合を残し、独走する形で優勝を達成した。前線では新加入のメッシに加え、ブラジル代表FWネイマール、フランス代表FWキリアン・ムバッペと、夢のような“世界最強3トップ”がフランスの地で圧倒的な実力を誇示した一方、CLでは準々決勝でレアルを相手に劇的な逆転劇を許し、念願の欧州制覇はまたもお預けとなった。小倉勉氏は、PSGの問題点として、リーグレベルの差とチームのマネージメントの難しさを挙げている。
リーグの中での競争力が、CLの中で差として出てしまう現実はある。リーグ・アンでは圧倒的な強さを誇示しているが、世界レベルで見ると、前線の守備の強度は決して高くない。なので、CLの舞台では、どうしても壁にぶつかってしまう。勢いに乗れば、あのワールドクラスの戦力を遺憾無く発揮できるが、少しでもペースが乱れると、音を立てて崩れてしまう。ポチェッティーノも、メッシ・ネイマール・ムバッペの起用には苦戦しているように映る。本当はもっとディ・マリアなどを積極的に起用したいのではないか。使えば、守備の強度は確実に上がるし、チーム全体のバランスを保てる。わかってはいるけど、実際は行動に移すことが難しい。それがPSGが抱える問題と言える。
PSGとバイエルンの決定的な差
PSGと似通った立場にある且つ、PSGにとってロールモデルともなるのは、おそらくバイエルン・ミュンヘンだろう。ブンデスリーガでは独走状態で連覇を積み上げており、CLでも計6回の優勝を遂げている。直近では2019-20シーズンに圧巻の強さで三冠を果たした。一方で、バイエルンとPSGの決定的な差についても指摘している。
バイエルンもブンデスリーガで圧倒的な存在と言えるが、彼らは自分たちの哲学に沿ってチーム作りをしている。昨季まで在籍していたアラバだったり、今で言うとレバンドフスキがチームの中核を担っているが、どんなに重要な立場でも(給料の)アッパーリミットを超える選手に対する放出は躊躇しない。それはバイエルンだけでなく、ブンデスリーガそのものが健全経営を謳っている背景がある。各クラブの適切な予算内での上限を設けて、それを超えるようであれば放出し、適切な移籍金の選手を獲得して補填する。バイエルンはそうやって強くなってきた。一方で、PSGはその上限を取っ払ってしまっている。
PSGが積み上げることのできない“経験値”
PSGは2011年にカタール・スポーツ・インベストメントに買収され、世界で最も裕福なクラブとなった。瞬く間にトッププレーヤーを次々と獲得し、世界最高峰の戦力を整えたPSGは、5大リーグの中ではややレベルに劣るリーグ・アンで抜きん出た存在となるのに、そう時間はかからなかった。リーグ戦で圧倒的な優勝を手にした上で、余力を持ってCL制覇を目指す。少なからずクラブ首脳陣もそういった目論見があったはずだ。しかし、現段階では思うような成果を得られていない。
サッカーが面白いのは、充分な休息を設けたところでコンディションが上がるとも限らず、過密日程で疲労が蓄積してもコンディションが下がるとは限らないところ。厳しい戦いを常日頃から継続することで、チームも選手もその環境に慣れてくる。強度は、厳しさの中でしか積み上がらない。プレミアリーグ勢がなぜCLでも強いのか。それはプレミアリーグそのものがCLやELのレベルにあるから。彼らは1年を通して、毎週CLやELの戦いに臨んでいる感覚に近い。リーガ・エスパニョーラも、セビージャやビジャレアルの台頭で、より競争力のあるリーグになっている。それはリーグ・アンでは味わうことのできない、極めて重要な経験値となる。
近年、サッカー界を席巻しているマンチェスター・シティとリバプールは、プレミアリーグという世界最高峰のリーグで鎬を削り、月に6〜8試合の過密日程を強いられているが、リーグ戦で10連勝を記録したり、カップ戦では準決勝や決勝に手堅く勝ち上がっている。毎試合にわたり、緊張感のある厳しい戦いを強いられる積み重ねが“勝負強さ”に還元されており、それこそが今のPSGに不足している要素なのかもしれない。
PSGとレアルの試合で“明暗の分かれる30分間”
経験不足を象徴したのが、レアルとのCL準決勝2ndレグだった。1-1に追いつかれてしまった瞬間に、明らかに動揺がチームに走って浮ついてしまっていた。まだ合計スコアではリードしているにも関わらずだ。百戦錬磨のレアルは、その隙を見逃さず、一気に畳み掛けて3-1の大逆転劇を手繰り寄せてみせた。1-1になった時点で、メッシとネイマールを下げて強度を高める選択肢もあった。でも、枝だけ変えて幹は変えないような交代策に留まった。その辺りのマネージメント含めて、ハイレベルな戦いでレアルとの経験値の差が浮き彫りになった。
PSGは1stレグを1-0で制し、2ndレグでも先制点の奪取に成功。試合内容でもレアルを圧倒し、準決勝進出をほぼ手中に収めた状況だった。しかし、後半16分にアクシデントに近い形で1-1の同点に追いつかれると、それまで主導権を握っていたPSGの集中力が切れてしまい、結果的に17分間で3失点を喫する格好で敗戦を喫した。勝負どころで本領を発揮したレアル、勝負どころで空中分解してしまったPSGと、明暗の分かれるラスト30分間となった。
PSGのタイプに最適な指揮官は「アンチェロッティ」
マウリシオ・ポチェッティーノ監督は世界的にも優れた智将として評価されている一方、小倉勉氏はPSGが求める指揮官の理想像とギャップがあるのではないかと指摘している。
ポチェッティーノは、チーム作りの哲学が明確な監督。トッテナムでは積極的に若手を起用し、自身の体現したいサッカーに合わせて選手を成長させてきた。PSGのようなスーパースター軍団を率いる経験はこれまでなかったし、トップクラスの選手たちをオーガナイズするのに長けたタイプでは正直ないと思う。その塩梅をうまく見極め、一癖二癖ある実力者をうまくマネージメントするのが最もうまい指揮官こそ、かつてPSGを率いていたアンチェロッティだ。メッシやネイマールのような選手を中心にチーム作りしたいのであれば、アンチェロッティのような監督を招集するべきだし、ポチェッティーノの手腕を活かしたいのであれば、彼に合った選手に入れ替える必要がある。PSGは、まずそこの土台を固めるところから始めるべきだと。可能性を考慮するのであれば、ワールドクラスが集結する強豪国のナショナルチームを率いて結果を出した指揮官で一度トライしてみてもいいのではないだろうか。今のフリーの立場で言えば、例えばヨハン・レーブは面白いかもしれない。
PSGがCLで直面する弊害のまとめ
メッシを筆頭に、例年のようにワールドクラスの大型補強を敢行しているPSGだが、最優先事項に置いているCLの舞台では、早々に脱落することになった。世界最高峰の戦力を擁しながらも、欧州で思うような成果を挙げられていない状況に対し、小倉勉氏はリーグ・アンの競争力の低さが、PSGの強度や勝負強さに影響をもたらしていると言及。また、現戦力で戦っていくのであれば、戦術家よりマネージメント力に長けた指揮官の必要性を説いた。インテルのシモーネ・インザーギ監督やアトレティコ・マドリードのディエゴ・シメオネ監督はマネージメント力に定評がある指揮官だが、強豪国のナショナルチームで優勝経験のあるヨハン・レーブといった選択肢にも検討の余地があるかもしれない。
小倉勉のプロフィール
U-17日本代表 ヘッドコーチ… AFC U-17選手権優勝
日本代表 コーチ… 南アフリカW杯ベスト16
U-23日本代表 ヘッドコーチ…ロンドン五輪ベスト4
大宮アルディージャ 監督…J1残留
ヴァンフォーレ甲府 ヘッドコーチ…J2優勝
横浜F・マリノス SD…2017年〜2022年
東京ヴェルディ ヘッドコーチ…2022年〜現在