フランス代表FWキリアン・ムバッペは、レアル・マドリード加入が目前に迫っていた中、急転直下でパリ・サンジェルマン(PSG)残留がクラブ公式サイトで発表された。念願とされていたレアルへの移籍を土壇場で固辞し、2025年までの契約延長を決断した背景には、PSGが提示した“前代未聞の条件”があると海外メディアがこぞって報じている。数々のJクラブを指揮してきた城福浩氏は、もしもムバッペ引き留めに提示した条件の報道が事実に近しい内容だった場合、PSGが真のメガクラブとして欧州制覇を目指す本気度を示したものとしつつ、チーム崩壊を招く可能性もある“ハイリスク・ハイリターン”を指摘している。
ムバッペが急転直下でPSG残留を決断した背景
今季限りで契約満了の予定だったムバッペは、以前からクラブとの延長を拒否しており、長年の夢と公言していたレアルへの移籍に向け、交渉を順調に進めていた。UEFAチャンピオンズリーグのラウンド16ではレアルとPSGが対戦したが、スタメン発表でムバッペの名前がアナウンスされた際は、レアルサポーターから拍手が送られる場面も見受けられた。もはや“白い巨人”の一員として歓迎ムードが漂っており、5月に入ってからは個人合意に達し、レアル加入が決定的と報じられていたが、突如として風向きが変わり、PSGはリーグ最終節が行われる22日に契約延長を発表。近年最も注目を集めていたムバッペの動向は、思いもよらない結末で決着を迎えた。
なぜムバッペはレアル移籍の夢を実現直前で蹴り、PSG残留を決断したのか?背景には、レアル加入目前の段階で、PSGが“常軌を逸した”契約内容を提示したことで、ムバッペが心変わりしたようだ。海外メディアは、下記の条件を紹介している。
- 3億ユーロ(約414億円)の契約更新料
- 1億ユーロ(約138億円)の年俸
- 監督の処遇の決定権
- 選手の獲得&売却の決定権
- スポーツディレクター(SD)への進言
金額面に関しては、海外メディアによって多少数字が前後しているものの、もし事実だとすれば、クラブがムバッペに対して最大限の評価を示した証である一方、いち選手の裁量を大幅に超える内容にはなっている。
PSGのムバッペ慰留成功がもたらす意味
城福浩氏は、PSGがムバッペ慰留に成功した事実はクラブとして重要な意味を持つとしつつ、ピッチ内だけではない要因の引き留め料が膨大になったと見解を述べ、チームの団結力に影響をもたらす懸念を指摘している。
PSGがムバッペを留めた意味はとても大きい。これまではレアルやバルセロナといったメガクラブからオファーを受ければ、選手が断ることができないような“ヒエラルキー”があった。だが、レアルの本気のオファーを選手が断り、チームに留まったという事実は、PSGが今後、レアルのようなクラブと対等に渡り歩くため、真のメガクラブとなる上で重要な資産になる。また、ムバッペ自身も、今季のレアルとの直接対決が良い例だが、圧巻のパフォーマンスを披露して、破格の条件にふさわしいこと、そして、今後7,8年のサッカー界を牽引する存在であることを自ら証明してみせた。彼の実力は誰しもがわかっていることを前提とした上で、パフォーマンスという要素以外の引き留め料が多すぎると、チームバランスを崩す可能性がある。年俸の面で比較的恵まれたタレント集団が、ヨーロッパ制覇という大きな野心のためにハードワークするには足かせとなりかねない。
ムバッペがPSGで得た“権限”が自らを追い詰める?
報道では、マウリシオ・ポチェッティーノ監督とレオナルドSDが更迭され、ムバッペが希望するジネディーヌ・ジダン監督と、ASモナコ時代にムバッペを発掘したルイス・カンポス氏の招聘に乗り出すといった記事も出てきている。もし仮に、今後ムバッペが監督を選べる立場になったとしたならば、その権限こそがムバッペ自身も追い詰める可能性もあるという。
試合には勝ち負けがある。「勝てば選手のおかげ、負ければ監督の責任」と監督が良く口にするのは、選手を萎縮させない中で全員が責任、使命、ロイヤリティを持ち続ける集団にして、次の勝利を目指さないと勝てないから。それが、もしもいち選手が監督を選ぶ権利を有したとすると、自分のパフォーマンスに波があった時、チームに苦境が訪れた時に、選手やスタッフはムバッペを見ることになるだろう。ムバッペにとっては、「結果が出ず、自分が気持ちよくやれないのは、俺が選んだ監督のせい」というブーメランが飛んでくることになる。周りから見ても「お前が選んだ監督だろう」という目で見られるかもしれない。ピッチ内外で不測の事態が起きるサッカーのプロの世界で、一体となるために監督が存在する。実際、選手のエゴとチームの規律のバランスをうまく調整するのが監督の仕事。しかし、そういった環境を放棄してしまう可能性がある。気持ちよくプレーして勝つことができている間は良いのだが…。
ムバッペ優遇でメッシとネイマールとの関係性は…
また、PSGにはアルゼンチン代表FWリオネル・メッシやブラジル代表FWネイマールといった世界的スーパースターが在籍しているが、今回クラブがムバッペに提示した契約内容により、チーム内に不協和音が生じる可能性について触れている。
メッシ、ネイマールから見たら、クラブが本当に必要としているのはムバッペであるという事実を目の当たりにすることになる。もしわずかでもその印象が増えてシーズンを迎えたら…果たして彼らが、彼らなりのハードワークをするだろうか。彼らはお互いのストロングを尊重してプレーし続けることができるだろうか。監督がバランスを考えたメンバー選考や采配をした時に素直に受け入れられるだろうか。チームの和が危うい時に一体感を保つ努力をするだろうか。…考えられるネガティブな要素は枚挙にいとまがない。
PSGとムバッペが抱えるリスクとリターン
今回の契約延長でムバッペは、監督やフロントを含めた誰よりも権力を手にした可能性は高い。城福浩氏は、とてつもないリターンを手にしたことで、とてつもないリスクをムバッペは背負うことになったと指摘している。これがきっかけでPSGが内部分裂、空中分解に至っても不思議ではないとしつつ、クラブにとって悲願である欧州制覇に向け、ムバッペの残留は希望にもなるとしている。
SDへの進言や選手の編成にまで言及できるという契約内容が本当かどうかわからないが、もしそうであれば監督やSDは求心力を瞬く間に失うであろうし、内紛が起こった時の矢印はムバッペと会長に向かうと容易に想像がつく。監督やSDに言っても無駄だ、と。特定の個人が特別な富や権限を得る事があるのは成果主義の中で生きる者にとっては当たり前のこと。しかし物事にはリスクとリターンがあり、あまりにも度が過ぎるリターンを得た者は、それ相応のリスクを負うことになる。いずれにしても、もし仮にこれらの報道が真実に近いとしたら、PSGが積み上げてきたプロジェクトのレンガが音を立てて崩れていく可能性も否定できない。ただ、もし今後、悲願のCL優勝を成し遂げることができれば、PSGの“賭け”が成功に繋がったということにもなるはずだ。
ムバッペのPSG残留劇のまとめ
ムバッペにとってレアルでのプレーは幼少期からの夢であり、その夢まであと一歩と迫った中で、彼自身の意志で踵を返すことになった。その背景には、PSGが提示した“前代未聞の条件”があると海外メディアは報じており、それはいち選手の裁量を遥かに凌駕する内容となっているという。クラブは引き留めに成功したリターンと、それによりチームに不協和音が生じるリスクを背負うことにはなる。しかし、ムバッペは夢であったレアル移籍を自ら蹴った決断を後悔しないため、PSGでの欧州制覇により一層本気で向き合うことにもなるはずだ。
城福浩のプロフィール
U-17日本代表 監督…AFC U-17選手権優勝
FC東京 監督…ナビスコ杯優勝
ヴァンフォーレ甲府 監督…J2優勝
サンフレッチェ広島 監督…J1リーグ2位
東京ヴェルディ 監督…2022年〜現在