「Julian Ward is sleeping in the summer.」(ジュリアン・ウォードは今夏、居眠りしてばかり)
現地のリバプールサポーターの中で今、そのような揶揄が溢れている。ジュリアン・ウォード氏は今季から新しいスポーツ・ディレクターに就任した人物だが、移籍市場で完全に後手に回ってしまったことで、早くもファンからの信頼を失いかけている。本記事では、リバプール崩壊劇が「ハプニング」ではなく「必然」であったことを、独自の見解で説明する。
ユルゲン・クロップ体制の発足以来、最大の危機に直面している。開幕から3試合で2分1敗。開幕から3試合未勝利は、90ポイントの大台で勝ち点「1」差が優勝の命運を分ける近年のプレミアリーグから鑑みて、今季はあまりに絶望的なスタートだ。厳しい言い方をすると、開幕3試合目にして、早くも優勝争いから脱落してしまった状況にある。
さらに、結果だけでなく、内容も振るわない、言わば「納得のできる未勝利」となっている。前線では得点力が大幅にスケールダウンし、中盤では負傷者が続出で壊滅状態。最終ラインではディフェンスリーダーであるオランダ代表DFフィルジル・ファン・ダイクのコンディションがなかなか整わないことから、3試合で5失点と自慢の堅守は見る影もなくなっている。さらにベンチメンバーは、ユースあがりで公式戦の出場経験がほとんどない若手ばかりだ。
確かにリバプールにとって「9番」と「偽9番」のタスクを同時にこなす最重要人物だったセネガル代表FWサディオ・マネの退団は大きな痛手となった。しかし、いつかは世代交代の瞬間が訪れる。大切なのは、中心選手が去ってからの対応だ。そのような意味で言えば、マネ以上に深刻だったのが、敏腕SDとして大活躍した功労者マイケル・エドワーズ氏の退任だった。詳細に関しては、前回のコラムで言及しているので、まずはそちらをご一読いただきたい。
冒頭に戻ると、エドワーズ氏の後任を務めるウォードSDが「Julian Ward is sleeping in the summer.」と揶揄されている理由は、移籍市場での立ち回りが鈍すぎることに他ならない。プレシーズンの段階から、ポルトガル代表FWディオゴ・ジョタとイングランド代表MFアレックス・オックスレイド=チェンバレン、MFカーティス・ジョーンズ、DFジョエル・マティプ、フランス代表DFイブラヒマ・コナテらが相次いで負傷離脱。開幕戦のフラム戦ではスペイン代表MFチアゴ・アルカンタラがハムストリングを痛めて途中後退を余儀なくされている。野戦病院と化しているチーム状況だが、それでもフロント陣営は穴埋めに動こうとはしなかった。
今夏に獲得したMFファビオ・カルバーリョとDFカルヴァン・ラムゼイは、ともに19歳で“未来投資”の意味合いが大きい。“即戦力”のみで言うと、プレミアリーグの“ビッグ6”は今夏の移籍市場で下記のような補強に動いた。
ご覧の通り、ライバル勢が積極的な大型補強で着実な戦力強化を進める中、いかにリバプールが移籍市場で後手に回っているかが見て取れる。
クロップ監督は元来、補強よりも育成による強化に重きを置く指揮官として知られている。実際、選手が相次いで離脱している中でも、残された戦力への信頼を強調している。それがクロップ監督のマネジメントであり、その手腕自体に疑いの余地はない。だが、それでも尚、的確な補強でチームを底上げしてこられたのは、エドワーズ氏の積極的なアプローチに他ならない。補強にそこまで乗り気ではないクロップ監督の政権でも、これまで盛んに移籍情報が飛び交っていたのは、それだけエドワーズ氏が水面下で積極的にリサーチや提案に乗り出していた立ち回りがあってこそだった。
しかし、ウォードSDが就任して以降は、移籍の噂すらぱったり出なくなった。業界で最も信憑性の高い移籍情報を発信するジャーナリストとして有名なファブリツィオ・ロマーノ氏のTwitterでも、今夏の移籍市場において、リバプールが主語で呟かれるツイートはほとんどなかった。
クロップ監督のスタンスは例年変わっていないこと踏まえると、今季のリバプールのフロントがいかに消極的で、噂すら飛び交うことのない静かな夏を過ごしていたかが窺える。「指揮官が補強に乗り気ではないなら、補強のリサーチも提案もしない」と言わんばかりの現在の姿勢は、これまでエドワーズ氏がクロップ監督との間で確立させていた“対等な関係”を、ウォード氏に関しては築くことができていないと個人的には推測している。指揮官の考えを変えること、指揮官にアイデアや選択肢を提供することも、SDにとって重要なタスクであるにも関わらず、だ。
前回のコラムでも言及したが、ウォード氏がSDとして独り立ちしてから初の補強がヌニェスであり、初仕事でいきなりクラブ史上最高額となる142億円を支払う形となった。ヌニェスがポテンシャルに溢れた選手であることは確かだが、果たして142億円は妥当な移籍金額だったのだろうか?足元を見られて、必要以上に支払ってしまってはいないか?値切る交渉は適切に行われていたのだろうか?
約48億円で獲得したエジプト代表FWモハメド・サラー、約57億円で獲得したブラジル代表MFファビーニョを筆頭に、現在における不可欠な主力を最小限の出費で抑えることに成功していたエドワーズ氏のSDとしての6年間に対し、ウォード氏が就任たった1ヶ月で142億円という移籍金のクラブレコードをあっさりと更新してしまったことは、決して偶然ではないように映る。
現在のリバプールは移籍金を捻出できないほど財政難なのか?いや、決してそうは思えない。下記は今夏の移籍市場におけるリバプールの売却と獲得の金額だ。
売却で調達した資金は合計で約102億円。獲得に投じた出費は合計で約166億円。その差額は、約64億円に留まっている。
昨季4位のトッテナムは主力を放出しない中で大型補強を敢行。CLを逃している昨季5位のアーセナルでさえ、積極的な補強で確実な上積みも見せている。現時点においても、チェルシーはバルセロナのFWピエール=エメリク・オーバメヤンの獲得が目前に迫っており、現状の課題に対して投資を惜しまず、即戦力の確保に動いている。ユナイテッドも、アヤックスのFWアントニーの獲得に前進していると報じられている。リバプールがプレミアリーグとUEFAチャンピオンズリーグの奪還を見据えるには、ライバルと比べてもあまりに動きが鈍すぎたのは明白だった。
リバプールのスタートダッシュの大失敗は、決して「ハプニング」ではない。準備不足による「必然」だったのだ。ここにきてクロップ監督がようやく補強を匂わせているが、クラブが後手に回ってしまった事実には変わりない。移籍市場の閉鎖直前であれば、さらに移籍金は釣り上がる傾向にある。「どうせ動くのならば、もっと早く動けばよかったのに」と言っても、後の祭りだ。ユナイテッド戦で敗戦を喫した際、クロップ監督の表情に、壊滅状態となったドルトムントでの最終年と同様の哀愁が漂っているように映ったのは、ただの杞憂であることを祈るのみである。