カタールW杯も、いよいよ決勝トーナメントの戦いに突入する。下馬評を覆し、サプライズでグループリーグを突破したチームもあれば、優勝が期待されていた中で敗退を余儀なくされたチームも出ている。
2010年の南アフリカ大会で、日本代表のコーチとしてW杯本大会に参加した小倉勉氏(現東京ヴェルディコーチ)が、W杯で成功を収める上での重要な要素について、現場での経験値を踏まえて見解を述べている。
W杯躍進の鍵を握るラッキーボーイの存在
※当記事のインタビューは2022年11月15日に実施したものです。
W杯で成功を収めるには、何が必要なのか?小倉勉氏がまず最初に触れたのは、ラッキーボーイの存在だ。
個人的に現場で重要だと感じたのはラッキーボーイの存在。ラッキーボーイというのは、たまたま運を持ち合わせている選手ということではなくて、これまでの積み重ねを120%の形で大一番に発揮できるような勝負強い選手のこと。僕らの大会で言えば、それが本田圭佑だった。そういった存在が出てくれば、決勝トーナメントに向けて、最も弾みのつく要素だと考えている。
優勝経験国のドイツとスペインを撃破し、グループリーグ首位突破を決めた日本に関しても、それまで他国に注意深く警戒されていなかったMF堂安律やMF三笘薫が際立ったパフォーマンスを示し、結果を残している。また、オランダ代表に関しても3試合連続で得点を記録しているFWコーディ・ガクポが大ブレイクを果たしている。
一方、優勝候補のドイツやベルギーは、ワールドクラスの選手は揃っているものの、ブレイクの期待された選手が結果を残すことができず、早々に大会を去ることになった。
初戦の結果が影響をもたらすメンタルコントロール
W杯において、初戦の結果がその後のチームの行方を左右すると言われているが、実際に現場に立ち、その重要性を実感したという。それは過密日程で試合を消化していく短期決戦では、メンタルを立て直す時間が与えられないことも起因しているようだ。
皆さんが考えている通り、初戦で勝利を手にすることがもちろん大事。CLと違って、初戦が終われば1,2週間の時間が空くわけではなく、2,3日後に次の試合がやってくる。ここのメンタルコントロールは非常に難しい。過密日程を強いられるので、どのチームもフィジカルに負荷は掛かるものだが、初戦で勝てばメンタル面で勢いに乗れる一方、負けていると心身ともにグッと重くなる。CLのような長丁場であれば調整できるが、W杯のような短期決戦であれば、そこは大きく影響してくる。
短期決戦の戦い方を熟知する経験者の重要性
また、4年に1度の大舞台に対する戦い方を習得している経験者の存在も、やはり大きいようだ。
W杯や五輪のような、ほぼ一発勝負の短期決戦に対する経験値を備えた選手がチームの中心にいるのかどうか、これも重要な要素となってくる。実力はワールドクラスでも、W杯でなぜか活躍できないような選手は、短期決戦の独特な空気や戦い方に慣れていないことが多い。なので、ただ実力だけを鑑みてメンバー選考をすればいいという大会ではない。ピークは過ぎていても、経験値を評価してベテランを招集するというのも、非常に大事になる。
今大会の日本代表に関しても、平均年齢は大幅に若くなった中で、前回大会のロシアW杯や、昨年に行われた東京五輪を経験している選手が数多くいる。対するホスト国のカタールは、日本を撃破してアジア杯を優勝するほどの実力国だが、3戦全敗で敗退を喫している。経験者の有無は、決して軽視できない。
データのない“ぶっつけ本番”が好転させるファクターに
2006年のドイツW杯ではジーコ体制の下、直前の強豪国との親善試合でも好成績を残しており、本大会での躍進が期待されていた中でグループリーグ敗退。一方、小倉勉氏が帯同した2010年の南アフリカW杯では、チーム作りが直前まで難航したが、本大会で大胆に起用法を変更したところ、ベスト16進出の好成績を残した。
2006年の時は、W杯を迎えるまでは非常にチーム作りが順調に進んでいて、直前に対戦したドイツ戦でも互角に戦えるくらいの充実度があった。しかし、主力だった加地亮が負傷してしまって、そこから少し歯車が狂ってW杯の初戦を落とし、そのまま下降線を辿ってしまった。逆に2010年の時はW杯直前まで非常に苦しいチーム状況を強いられていたが、戦い方を大幅に変更して大会に挑んだら、初戦に勝利し、そのまま波に乗れた事例がある。
大会前まで順調に進んできたチームは、どのようなサッカーで臨んでくるのかを対戦相手に対策されやすいという点もあるだろう。逆に、大会中に、言わば“ぶっつけ本番”のような戦い方に変更された際は、対戦相手からすればデータが全くない中で混乱に陥る可能性も大いにある。
実際に今大会の初戦でも、MF三笘薫とMF伊東純也のウイングバック起用を含め、アタッカーを6人同時起用する大胆不敵な采配に、ドイツが対応し切れなかった部分は大いにあった。
特例のカタールW杯は「何が起こってもおかしくない」
W杯は開催期間までいくら4年間の猶予があると言っても、実際に代表戦は不定期で年に何十試合もこなすことができるわけではない。そのため、本大会を万全な状態で迎えるチームは、ほとんどないのが実情だ。それを監督や選手たち自身も承知の上で臨んでいるので、本番では何が起こるかわからない、その緊迫感があの独特な空気感を生み出している部分もあるようだ。
とりわけカタールW杯は11〜12月開催という、前例にない大会となるため、予期せぬ展開が待ち受けている可能性が大いにあると推測している。
今大会は開催期間が特別であることもあり、今までの傾向やレギュレーションが該当しない大会になるのではないかと思っている。特に欧州リーグに関しては、リーグ戦を戦った1週間後にW杯に臨む選手が大半となっている。なので、最終的な準備期間が1週間足らずの参加国も多い。W杯に臨む最後の調整期間の長さは、実際にかなり支障が出てくる。そういう意味でも、今大会は何が起こってもおかしくない、サプライズが散見される大会になる予感はしている。
W杯本番で明暗を分ける「5つの成功要素」のまとめ
カタールW杯で、日本代表は優勝候補のドイツとスペインを撃破し、グループリーグを首位突破する快挙を成し遂げ、世界に衝撃を与えた。一方、ドイツやベルギーといった優勝候補が早期敗退を強いられるサプライズもあった。2010年大会でコーチを務めた小倉勉氏は、実際に現場に関わった上で、以下の項目がW杯で成功を収める重要な要素に挙げていた。
- ラッキーボーイが頭角を現す。
- 初戦で結果を残すことでメンタルコントロールを管理する。
- 短期決戦の立ち回りを熟知している経験者の存在。
- 対戦相手が分析していない戦法で勝負を仕掛ける。
- イレギュラーな大会で起きる予期せぬ展開の波に乗る。
小倉勉のプロフィール
U-17日本代表 ヘッドコーチ… AFC U-17選手権優勝
日本代表 コーチ… 南アフリカW杯ベスト16
U-23日本代表 ヘッドコーチ…ロンドン五輪ベスト4
大宮アルディージャ 監督…J1残留
ヴァンフォーレ甲府 ヘッドコーチ…J2優勝
横浜F・マリノス SD…2017年〜2022年
東京ヴェルディ ヘッドコーチ…2022年〜現在